Photo小説:『もしも私が消えたなら』『もしも私が消えたなら』 もしも私が自分の手で、この世界から自らを消したなら、親戚(あなた達)はなんと言うだろう。 「まさか、あの子が」 「子供の頃からしっかりしていて、落ち着いていて、芯の強いあの子が、なぜ、どうして?」 「そんなに悩んでいたなら相談してくれれば良かったのに」 「何があったのか?」「何を悩んでいたのか?」 きっと、私が消えたくなった理由など解らないだろう。 そして、他人(あなた達)は、憶測を一人歩きさせて、あれこれと解ったような事を呟き、哀れみ、冥福を祈るのだろう。 きっと、理由を書き残しても親戚(あなた達)には解らないだろう。 生きる事に追い詰められていた時に、手を差し伸べる事もなく、悪気なく発した、「頑張って」...2020.09.29 12:19photo小説
Photo小説:『雨』 雨の音で目覚めた。 窓の外は土砂降りで、部屋の中に降り込められる。 小さな灯だけ点けて、薄闇の中で雨の音を聴く。 目を閉じると部屋の中に満ちた雨の音で、雨の中に閉じ込められる。 風の音で 目覚めた夜明けは薄明かり あなたの肩にかけるシーツ 小林麻美の『Typhoon』が、頭の中で流れ続ける。 嘗て愛した人の面影が淡く掠め、幼い日の雨の記憶が過ぎる。 もう少し、眠ろうとするけれど、一度覚めた眠りは訪れてはくれない。 眠れぬままに、枕元の本に手を伸ばし、薄明かりの中で、雨の音を聴きながら、言葉の波間に漂う。 窓の外は雨。 時を止めた儘。 雨の中に閉じ込められて、恋の残り香を聞いている。photo/文:麻美 雪2020.06.19 03:12photo小説
Photo小説:『もう一度だけ時を止めて』 あの日から、部屋の隅で、色褪せ、渇いて時を止めた花。 残り香も今は無く。 凍った時間だけが漂う部屋。 あなたといつも語らった喫茶店。 10年振りに何気なく立ち寄って、見るはずのない幻を見た。 あなたと私の間に凍った時が溶け出して、ゆっくりと動く。 証のないあなたの左手と私の左手。 あなたの温もりが、私の胸に色を注(さ)す。 渇いて、色を失くした部屋の花を染めて。 もう一度だけ、このまま二人の時を止めて。photo/文:麻美 雪2020.06.17 06:29photo小説
Photo小説:『桜めぐり』 去年、あなたと見上げた桜。 ひとりで見上げる。 繋いだ手は、話さないと誓ったあの日。 幸せな時間は、淡雪のように消え、あの夜が奪い去った。 桜の花の絨毯が、夜道を埋めたあの夜に、花見ぬ花見でしたたか酔った、男の巻き添えで桜と共に散らされたあなたの命。 握りしめた掌に、残されたプラチナの指輪嵌めた左手を、薄蒼い空に翳す。 見上げた睫毛の先に、舞い落ちる桜の花びら。 空の上から見えますか? 去年あなたと見上げた桜が、私の顔が。 目の中で、淡く滲む薄紅色の花びらが、震えて落ちて、桜の色の涙に変わる。 去年あなたと見上げた桜。 ひとりで見上げる今年の桜。 あなたの命を繋ぐ小さな人を腕に包んで見上げる、一年(ひととせ)の後に巡る春に。pho...2018.03.22 14:05photo小説
Photo小説:『月色の花弁の白い花』 モノクロの夜。 壊れて時の止まった時計。 白い花が咲く。 色の無い世界にたったひとつ、その花弁に仄かな金の月の色を刷いた白い花が.....。 夜に浮かぶ、一点の淡き命、微かな希望のように。 どうか、手折られぬように、そっと、夜の蒼に隠しておきたい。 少女は、折れそうなほどの細い腕で、庇うように白い花を包み、夜を歩く。 誰にも見つからないように。 白白と夜が明ける、その前に。 夜が朝に溶ける前に、少女は月の色の花弁を宿した真っ白な花を胸に抱き、その身を静かに白い花の中に溶かし、夜が明け、朝に溶けるその刹那、白い花ごと朝の白に溶ける。 少女を溶け込ませた白い花が、朝の白に溶けた日は、見たこともない美しく透明な光が愛しい人の上に降り注...2017.11.16 06:15photo小説
Photo小説:『碧い灯に滲む月』 信号の碧い灯が滲む。 シンと凍った空気が、宙で止まる。 鼻の奥がツンときな臭くなる。 ダメだと思うのに、目の奥の水面が揺れる。 「来年も再来年も、その先もずっと、一緒にこの月を見ようね。」 そう言ったあなたの温かな横顔が、蒼白く変わり、漆黒の夜の道路に、紅い花が顔の周りを縁って、悲しいほどに美しく優しい顔で横たわっていたあの日の傷みを思い出す。 澄んだ穏やかな瞳が開くことも、私を見つめることも二度とない。 碧い灯を、見守るように浮かぶ柔らかな金色の月。 あれは、あなたなの? 「悲しまないで。僕はいつも君を見守ってるよ。」 そうあなたは言おうとしているの? 「忘れないよ。あなたのこと。」 声に出さず、あなたを見上げる。 「忘れてもい...2017.11.13 05:59photo小説
Photo小説:『零れゆく記憶の中で』 セピア色の写真のように、焼けて、色失せ、古びてゆく。 時も、眺めも止まった世界。 感情も、感慨も、何もなく。 薄れて行く愛の記憶。 もう、私が誰かすらも、何かすらも曖昧で、ただひとつ、ぼんやりと紗の掛かった記憶の向こうに陽炎のようなあなたの面影だけは、覚えている。 悲しみが烈し過ぎて、櫛の歯が欠けるように、私の中から記憶が抜け落ち、指の隙間から零れる砂のように、思い出も感情も零れ落ちてゆく。 ただひとり、あなたの名前とあなたの声と私を抱きしめたあなたの体温と私の好きなあなたの匂いとやさしいあなたの面影だけは、覚えている。 私にはあなたしかなく、あなたしか要らない。あなたが私の中に在ればいい。 私の心と軆が萎えて、命が枯れて、あなた...2017.10.04 13:43photo小説
Photo小説:『水晶の中の空』 つるりとまあるい水晶に、空を閉じ込めてみる。 どこかで見たような形。 ああ、地球か。 「地球は青い」と言ったのは、ガガーリンだったか。定かではない記憶を探るが、思い出すのも面倒になり、まあ、いいやと記憶を放り投げる。 あの日から、私の記憶も時間も感情も止まったままだ。 生きながら死んでいると、友人たちは心配するが、そんな事もどうてもいい。 あなたのいない世界など、なんの意味も無い。 本当は、知っている。 そう思う事さえも、無駄な事だと。 人間なんて、幾ら悲しみ続けようとしたって、死にたいと思ったって、お腹は空くし、空けば食べるし、ナンダカンダうだうだ、ウジウジしても、眠りもするし、結局、生きてしまうものだってこと。 そうそう簡単に...2017.09.25 06:00photo小説
Photo小説:『夜の迷路』 夜の底、ひとりぼっちで、悲しいくらい何も見えない。 虫の音も夜を横切る車の音も何も無い。 ただ、ポッカリと夜の藍(あお)が口を開ける。 その夜の藍に、パクリと一吞み。 気つけば蒼い迷路に囚われて、退くも行くも儘ならぬまま、四方を硝子に囲まれる。 何も映らない夜の底、硝子に映ったちっぽけな私だけが蹲る。 苦しくて、息が出来ない。新しい空気が欲しい。月の光を求め、夜の天井を仰ぐ。 行きたい。生きていたいの。たとえ、独りでも構わない。 息苦しい、夜の迷路から出られるのなら。 声の無い慟哭に揺り起こされて、独りベッドの上で、膝を抱える私に気づく。 夜の底で見た夢か、夜の底が見せた現か解らない。 解ったのは、まだ、生きていたいということ。...2017.09.19 10:33photo小説
Photo小説:『黒い花は私』 夢に咲いた黒い花。 噎せ返るような、麝香に何処かで嗅いだ煙草のが混ざり合い、懐かしいあなたのシャツの匂いに変わる。 夢に咲いた黒い花は、紫の雫を透明な水面(みなも)に落す。 凪いだ海に触れた瞬間、雫は滴る血のような真紅に変わり、海を染める。 夢に咲いた黒い花は、私。 眩暈がする灼熱の太陽が照りつけたあの夏の日、あなたが目の前に投げ出した言葉の礫が私を壊し、私から色彩(いろ)を奪った。 影が私の主体になって、虚ろな體を意識もなく動かして辛うじて生きていた私。 真っ紅に染まった景色に抱きしめられて、私の體も紅く染まって、色彩(いろ)を持つ。 真紅の痛みに焼かれた體が、産まれたての嬰児(みどりご)の其れへと変わり、私はまた生まれ直す。 ...2017.08.22 06:30photo小説
『色の無い檻』 苦しいの....。 傍から見たら、美しい飾り紐に縁どられた綺麗な住処。 外から見れば、綺麗な世界。 捕えられ、この美しい檻に閉じ込められた私たち。 内から見れば、色の無い、寒々とした世界。 生きている間は、一生此処から出られない。 美しいべべを纏って、呼ばれた方へ泳いで行って、しゃなり、しなりと科(しな)を作って、パクパクと水面から顔を出し、束の間の不自由な自由を味わうだけ。 遊女を金魚に例えるけれど、金魚も遊女によく似てる。 此処から出られるのは、命の尽きた時。 苦しいの。 此処から出して。 捕えられ、美しい檻に閉じ込められた私たちの叫びを知らぬあなたは、屈託なく、今日も私を呼ぶ。 ねぇ、苦しいの。 此処から出して。 薄れて行く...2017.07.22 07:35photo story galleryphoto小説
Photo小説『桜の夜に』 朧気に霞む夜の桜。 一片二片散り敷く薄紅色は、終(つい)えてゆく命の儚さ。 「忘れないで私の事を」 微かになってゆく貴女の声。 「どうか、笑顔で思い出して。笑顔で思い出せないのなら、その時は私の事を忘れて下さい」 貴女の瞳がひたむきに僕を見つめて言う。 悲しみに暮れる僕を見るのは辛いから、笑顔で思い出せないなら忘れて欲しいと言う貴女の優しさと強さ。 白く透き通りゆく手に陽の光のような檸檬を取って、小さく噛んだ檸檬の香気に、最後の命の明るさが貴女を包む。 「どうか、笑顔で思い出して。」 細くなってゆく貴女の声。 「愛してる」 ひとつ大きく檸檬の馨の息をして、優しい瞳を閉じて儚くなった貴女。 夜の桜が悼むように、音もなくはらりはらりと...2017.07.20 10:50photo小説