Photo小説『桜の夜に』

 朧気に霞む夜の桜。

 一片二片散り敷く薄紅色は、終(つい)えてゆく命の儚さ。

 「忘れないで私の事を」

 微かになってゆく貴女の声。

 「どうか、笑顔で思い出して。笑顔で思い出せないのなら、その時は私の事を忘れて下さい」

 貴女の瞳がひたむきに僕を見つめて言う。

 悲しみに暮れる僕を見るのは辛いから、笑顔で思い出せないなら忘れて欲しいと言う貴女の優しさと強さ。

 白く透き通りゆく手に陽の光のような檸檬を取って、小さく噛んだ檸檬の香気に、最後の命の明るさが貴女を包む。

 「どうか、笑顔で思い出して。」

 細くなってゆく貴女の声。

 「愛してる」

 ひとつ大きく檸檬の馨の息をして、優しい瞳を閉じて儚くなった貴女。

 夜の桜が悼むように、音もなくはらりはらりと舞い散る幻のような薄紅色の夜の底に、僕は独り添い寝する。


photo/文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

0コメント

  • 1000 / 1000