2019.1.19㈯ PM15:00 阿佐ヶ谷Theater Shine

 寒さも少しく和らいだ昼下がり、阿佐ヶ谷のTheater Shineに幻想芸術集団 Les Miroirs『夜を喰むスマラ』を観る為、足を運んだ。

 最前列真ん中の席に着くと、目の前にはドレープを寄せたブルーグレイの布と、その後ろに夜の蒼色の布がドレープを寄せて垂れ、右手に本を乗せた黒い正方形のスツール、目を凝らすと正面には女神らしき姿が描かれた黒い布、その前に白い布に覆われた四角い椅子のようなものが置かれている。

 その極めてシンプルな舞台の上で描かれた物語は、ダルマチア地方の吸血鬼伝説を元に書かれたシャルル・ノディエの短編小説「スマラ~夜の霊~」を元に史実を織り交ぜ、歪んだ月のような、夢魔の爪痕から覗いたもう一人の自分が舞うテッサリアの夜のめくるめく悪夢の世界を妖しく描きだす幻想劇。

 新婚1週間の妻リシデス(中村ナツ子さん)の元に戦から戻り、愛する妻リシデスの横で眠りに落ちたロレンツォ(朝霞ルイさん)は、無数の精霊や亡霊たちが出現する夢の中へと迷い込む。

 夢の中で、ロレンツォはルキウスというもう一人の自分になる。そのルキウスは、アテナイの哲学堂で学業を終え、テッサリアの邸に行き、眠りにおちて、テッサリアの歓楽の娘たち(実は魔女)の幻や生ける亡霊たちの幻が出現する夢を見る。

 その夢の中には、戦友ルキウスをでかばい死んだフォーティス(中川朝子さん)の亡霊が現れるが、そこは陰気な世界で、金髪のミュルテ(中村ナツ子さん)のハープがルキウスを救うが、ミュルテの妹黒髪のテイス(麻生ウラさん)、キラキラ光る長いまつげのテライラ(里仲景さん)の正体は魔女で、フォーティスを苦しめていることをルキウスに語る。

 フォーティスは、テッサリアの絶世の美女、実は魔女の女王メロエ(乃々雅ゆうさん)に心を奪われ、メロエの宮殿に行き、恍惚と恐怖の最後の夜を迎え、メロエはフォーティスの心臓が止まっているのを確かめると、怪しげな夜の霊スマラ(Mayuさん)を呼び、夢はまた、ルキウスの悪夢へと移り、ルキウス、戦友フォーティス、テッサリアの魔女の女王メロエ、3人の魔女テイス、テライラ、ミュルテ、夜の霊スマラの夢は終わり、傍らには新妻リシディスがいるという、入れ子のようにつぎつぎと重なってゆく悪夢を描き観客を物語の迷路から感覚の迷路へと引きずり込む舞台。

 舞台の上で、佐藤 まどかさんのフルート、しんばる しんたさんのダラブッカという異色の楽隊による生演奏と、台詞も表情も無く、踊りと身体の動きだけで、感情も過ぎった思いもその指先の表情ひとつ、足の運びのひとつ、踊りのひと振りで、妖しく鮮明にスマラの姿を浮び上がらせたゴシックベリーダンサーのMayuさんのコラボレーションが、この舞台に一層濃く深い物語の陰影を与えていた。

 悪夢に苛まれる朝霞ルイさんのロレンツォともう一人の自分のルキウスの二人の交差と悪夢の交錯が、不思議な黒い夢に誘い、見入るうちに、二人の懊悩と痛みが我が身に転写されるような息苦しさを感じ、中川朝子さんの戦友ルキウスに無償の愛にも似た友情を持ち、命を賭してルキウスを護り命を落としながらも、メロエに心奪われその心臓の鼓動さえ奪われそうになりながらも、ルキウスを思い、スマラが心臓を抜き取ろうとすると心臓は虚ろになっていたフォーティスの思いと心は何処に在ったのか思う時、どうにも言葉にならない切ない慟哭を感じた。

 観終わった後、暫く声も言葉も出ず、感情も感覚も一瞬止まったような、不思議な感覚に陥った。

 夜の闇の怖さの中に仄めく美しい舞台で、私はとても好きな世界。圧倒的耽美な夜の蒼い闇の美しさと儚さと強さと哀しみと藍い熱に抱き竦められたような感情と感覚に陥り、今でもまだ上手く言葉にならない程に、素晴らしい舞台だった。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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