2018.12.22㈯ PM14:00 アクト青山アトリエ
肌寒く、小雨降る土曜日の昼下がり、千歳烏山のアクト青山アトリエに、佐々木名央プロデュース公演『今度は愛妻家』を観る為に急いだ。
アトリエに入り、右手側最前列の真ん中の席に着く。
目のすぐ先には、携帯電話と電話機を置いた台があり、その少し先に背もたれのない革張りの一人用ソファーが3脚と黒のローテーブル、その左手には、写真立ての置かれた暖炉とロッキングチェア、右手には、テレビと小さな時計とCDラジカセの置かれたチェスト、舞台奥には、筆記用具の置かれたライティングデスク、その目線の少し先にクリスマスツリーがある。
此処は、ある夫婦の住む部屋。その部屋で繰り広げられるのはこんな物語。
かつては売れっ子カメラマンだったが、今は仕事も家事もせず、女にはだらしなく、妻への愛情もあるのかどうか微妙で自堕落な生活を送る俊介は、健康マニアの妻さくらに日々ニンジン茶を注がれ、子づくり旅行をせがまれ続け、クリスマス直前のある日、二人は沖縄旅行に行くことにするが、俊介の世話を甲斐甲斐しく焼き、明朗に振舞っていたさくらに対し、俊介は酷い言葉を投げつけたことから、さくらに愛想を尽かされ、さくらは友人と旅行に行ってしまう。
さくらは自分への愛情を感じられない俊介に、旅行に行く前に離婚を切り出し、俊介の元にはさくらが旅行に行った留守を狙いすましたように、俊介と寝る覚悟で写真を頼みに新米モデルがやってくるが、俊介は抱く事が出来なかった。
さくらを煩く思っていたはずの俊介だったが、その日を境に、さくらと俊介の間に微妙な変化が起こり、家を出ていたさくらが俊介の前に、「離婚する前に写真を撮って」と、思いがけずさくらが帰ってくるのだが…という物語。
2002年に舞台初演、2010年に映画化を始め、数々の上演を経て、ひとつの夫婦の形を描いた作品としてよく知られた作品を演劇集団アクト青山主宰の小西優司さんの演出で、「夫婦にはさよならの前にやらなければならないことがある」という所から描いた新たな『今度は愛妻家』となって、目の前に繰り広げられた舞台は、大切なもの、大切な人はいつも、なぜ失ってから気づくのか、今そばに居る家族、友人、恋人、妻、夫などクリスマスに大切な人に会いたくなる物語。
中盤まで、俊介(伊与勢我無さん)は、仕事がないのも、仕事が上手くいかないのも、人生が思うように行かないのも全て人の所為にして、仕事もせず、女にはだらし無く、家事もしないダメ夫、ダメ男なのに、なぜさくら(蒼井染さん)は、そんな男を健気に明るく支えるのか理解に苦しんだし、俊介に苛々した。
しかし、そんな自分に一番苛立ち、腹が立っているのも俊介本人である事を知っているからさくらは支え続けていたのではないだろうか。
終盤、男としてではなく女として生きたいと離婚したさくらの父の指摘により、実は、1年前に俊介と沖縄旅行に行った帰りに、事故に遭ってさくらは亡くなっていること、その事実を受け入れ難くて、いつしかさくらの幽霊が見えるようになり、俊介にだけ視えるさくらの幽霊と暮らしていたことに気づき、さくらが健康の為にと飲ませていた甘くて美味しいと思っていたニンジン茶が、苦くて美味しくないと気づいた時、それは、それまで目を逸らしていた全てのことと向き合い、自分と向き合う事を受け入れることであり、さくらの幽霊と分かれる時でもある。
観終わったあと思うのは、大切な人、大切な時間、大切なものは、何故いつも失くしかけたり、亡くしてからその大切さ大きさに気づくのだろうということ。私も、38年前母を亡くした後で同じような後悔をし、生前、母を褒めなかった事を悔いていた、先日亡くなった父の姿と重なった。
さくらの父が、俊介に言った『娘を大切に思ってくれてありがとう』という言葉を聞いた途端に、鼻の奥がツンと痛くなり、涙が滲んだ。
観終わった後に、じんわり温かく、切なくやさしい気持ちが残る舞台だった。
文:麻美 雪
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