劇団おぼんろ:第16回本公演『キャガプシー』

 2018.5.19㈯ PM12:00 葛西臨海公園 抜けるような青空を背景に、広い草原(くさはら)に建つ極彩色の布を縫い合わせたサーカス小屋を思わせるテントの中に劇団おぼんろ第16回公演『キャガプシー』を観るため私は居た。

 テントの前には、頭部や手だけの人形や、微妙に違う声と言い方で“あぁぁ”と叫ぶ人形が三体ポツリポツリと置かれている。

 テントの中に足を踏み入れ、席に着き、天井を見上げると、公演のタイトルが書かれた薄衣が屋根のように下がり、その下に演じる場所が囲われてはいるものの段差はなく、間近に客席が迫り、張り合わされた極彩色の布が壁となり、観客は胎内に抱かれているような心地になる。

 「想像してください」

 いつもの主宰の末原拓馬さんの一言から始まる舞台。

 いつもなら、目を閉じて拓馬さんのこの声を道案内にして、想像の翼を広げ物語の世界に入っていけるのだが、今回は、受付で売っているポップコーンやテントから数十m離れた所に並ぶ葛西臨海公園の屋台の香ばしい匂いが、漂って来てなかなか、想像の中に入って行けなかったのだが、それさえも、この場所ならではの事と何処か面白がる自分が居た。

 テントの中に吹き込む風、風にはたはたと揺れる風を感じるうちに徐々に想像の翼が広がり、目を開いた時には、『キャガプシー』の世界の中に居た。

 テントに吹き込む風と風に揺れる布が、『キャガプシー』の世界にとても合っていて良い効果を醸し出していた。

 人間の罪や穢れを詰め込んで作られた身体を持つ人形同士を戦わせ、人形が壊され時、人形の中に詰め込まれた人間の罪や穢れを浄化される。
 
 人間の罪と穢れを詰め込み、戦い合う為に作られ、壊され、壊される事で人間の罪や穢れを浄化する為に作られた人形、それが『キャガプシー』。

 最初は、儀式として行われた神事にも近いこのキャガプシー同士の戦いを、見世物興行として観客に見せるようにしたのが、さひがし ジュンペイさんのネズミ。

 元はキャガプシーだったのが、逃げ出して勝ち続けてしまうトラワレを使い、『キャガプシー』の公演を打ち続けるネズミは、トラワレと戦わせる人形を作る為に、諍いの末、人形師を殺してしまった直後に戻って来た人形師の娘ツミの目を誤って剣で斬り、キャガプシーを作れるというツミの面倒を見つつ、次々に新しいキャガプシーを作らせては、トラワレと戦わせる。

 狡猾で、金儲けしか考えていないネズミ。ツミが作った新しいキャガプシーのウナサレが、今までの人形とは違い、トラワレを兄と慕い、いつしかウナサレを弟のように思い始め、キャガプシーとして戦い合わずに2人で逃げようとするのを阻む為に、トラワレに嘘を吹き込み2人の絆を裂こうとする姿は、利己的で醜くもあるが、それは、人間の罪や穢れが悲しいキャガプシー達を生み、戦い、壊す事でしか浄化出来ない人間たちへの復讐であり、警告。

 二度とキャガプシーが作られないよう、人間達に罪や穢れを生まないようにしてくれという思いと心の叫びがネズミをこういう風にしてのだと気づいた時、ネズミの叫びが胸を抉り、ただの悪人とは思えなくなる。

 10年間勝ち続けている末原拓馬さんのキャガプシー、トラワレは、勝ち続ける事に葛藤し苦しんでいる事に心を氷らせ気づかないようにしているが、心の奥底に閉じ込め抑えつけているその思いが抑えようもなくなる時、自分でも無意識のうちに“あぁぁー”という叫び声をあげてしまう。


 仲良くなったキャガプシーを自分の手で壊し、勝ち続けるうちに心を氷らせ、仲良くなる事も、心を許す事も、心を動かす事も無くしたトラワレ。

 トラワレが囚われれていたのは、過酷な運命と残酷な宿命だったのではなかったか。一時は、ネズミの策略によって裂かれかけたウナサレとの絆。屈託なく、純粋で無垢なウナサレと関わるうちに芽生え、取り戻した心。それだけにラストが切なくて、痛くて、それでもトラワレの中に芽吹き育ち始めたトワラレの温かな心に微かな希望を見た。

 父を殺したのが、ネズミだと知らずに、自分の面倒を見てくれているネズミに感謝しつつ、請われるままにキャガプシーを作り続けながらも、何処か不安と恐れ、キャガプシーなのに、純真無垢で、疑う事を知らず、温かい心を持つウナサレに癒しを感じるツミ。

 父を殺したのがネズミだと知った時、わかばやし めぐみさんのツミの中に湧き上がった怒りと憎しみと悲しみを思う時、どうしようもない遣る瀬無さが胸を刺す。

 『キャガプシー』の中で、一番好きな高橋倫平さんのウナサレ。凍りついたトワラレの心をも溶かし、動かしたその純真無垢で、疑う事を知らず、温かい心とトワラレが好きだから、トワラレに壊される為に自らが作られた事を知りつつ、トラワレに壊されてもいいと言うウナサレに感じた無償の愛。

 人形でありながら、自らの意思と心をもったウナサレだからこそ、トラワレの心を動かし、変えられたのだと思う。それゆえに、ネズミに壊されながらも、トラワレと一緒に、広い森の向こうに、ボロボロの軆で歩こうとし崩れ落ちて行くその背中に、涙が溢れて止まらなかった。

 トラワレの叫びと悲しみ、心の中にウナサレを生かし、共に生きて行こうとするトワラレの後ろ姿に希望の光の1粒を見た。

 ネズミの二度と自分たちのような悲しいキャガプシーを生むような、罪や穢れを持つような人間にならないでくれ、そういう人間を作らないでくれという言葉と思いが胸を穿つ。

 テントを開けて、踏み出したふたりの目の前に広がる、青い空と緑の草原が、『キャガプシー』にぴったりと、溢れた涙を溜めた目に飛び込んで来たテントの下で眠りこけるカップルと、“この派手な服を着た人たちは何だろう”と訝かるように見ながら通り過ぎた家族連れに、一気に現実に引き戻されはしたけれど、久しぶりに観た劇団おぼんろの、切なくて悲しく、美しい愛の物語は、きっと、一生胸に焼きついて忘れない。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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