アクト青山:テアトロ・スタジョーネ(春)『近代古典傑作短編選「赦せない行為」』

 夜の中を、千歳烏山にあるアクト青山へと向かう。

 滲むように浮かぶ扉を開け、中へと入る。
 目の前の舞台の真ん中にコーヒー・テーブルと二脚の椅子。

 音楽は何も無くて、時折波の寄せては返すような音がするのは、外を走る車の音が空耳よろしくそう聞こえるだけなのか。

 音のない音を聞きながら、開演を待ち、やがて、ぼんやり灯りに照らされ二脚の椅子が浮かび上がり、寄せては返す波の音だけが聞こえ、波音が高まるのに反比例して引き絞られるように灯が消え、一瞬闇に閉ざされた後、滲むような灯が点り、物語が動き始める。

 一人の女性が部屋に入って来る。

 引き出しからだらしなくはみ出した布の端を引っ張り強引に引き出しを開け、中の手紙を一通一通ひっくり返しては、誰かからの手紙を探しているところに、一人の青年が入って来る。

 その青年を見て、女性は手紙の束を取り落とす。

 始まって数分、この青年と女性の関係はどういった間柄なのかと不明ながら、見てゆくうちに姉弟であることがわかる。

 森本薫の『赦せない行為』は、昭和初期の東京を舞台にした、姉と弟の話で、姉の親友であるお嬢さんに失恋し傷心旅行に出たまま帰らない弟が、世を儚んで命を絶っていやしないかと不安にかられた姉が、部屋で弟の遺書を探しているところへ、弟が帰ってくる。

 心配かけて!横恋慕なんかして!赦せない!と叱りつける姉だったが、弟の切実な思いと、親友のお嬢さんも弟に好意を持っていたことを知り・・・。という物語。

 冒頭の場面は、弟の遺書を探しているところ。

 最初は、好きになったお嬢さんが自分の親友であり、その親友に想いを寄せ言い寄る事などしないだろうと弟を信頼していたのに、裏切られた、縁談話のある親友に横恋慕し、想いを告げるなど赦せない行為だと、弟を責め、言い募ってゆくうちに親友までも赦せないと言い始める姉(小此木富美子さん)。

 対して、想いを寄せた姉の親友のお嬢さんも自分に好意を持ってくれていると思い、想いを打ち明けたら振られ、恋を失った傷心を癒す旅に出ても癒されることのない心を抱えたまま帰宅し、心配し、憤り、詰る姉に手酷い言葉を投げ返し、冷笑や揶揄、皮肉な態度や言葉を放つ弟(佐古達哉さん)。

 姉弟だからこその感情と言葉のぶつけ合いだなと思う。

 私には、写真を見せても悉く、「弟さん?」と言われる二歳上の兄がいる。兄と妹なので、立場は違えど、異性の兄妹であること、異性の兄妹なので、2番目の子供でありながら戸籍上では長女でもあり、亡くなった母に「打たれ弱いから心配。あなたはしっかりして強いから私に何かあったらお兄ちゃんを頼むわね。」と言わしめた兄を持つ私には、何処か長女気質、姉気質の所もあるらしい。

 なので、小此木富美子さん演じる姉の気持ちもなんとはなしに解る部分も多くある。

 最初は、縁談話のある自分の親友に横恋慕した弟の行為を赦せないと言っていた姉が、弟の想いを聞いてゆくうちに、自分の弟であると知りつつ、弟に思わせぶりな言葉を言いながら、弟の想いを退け振った親友の行為も赦せなくなる姉。しかし、親友には親友の思う所があり、親友もまた弟を好きでありながら、弟の想いを受け入れなかった事に気づく姉。

 本当に好き合っているなら、何とか二人を幸せにしてあげたいという弟からしたら、お節介ではあるけれど、弟と親友の幸せを思う姉の心。

 最初は、姉に反発や苛立ちをぶつけていた弟も、姉と言葉でやり合ううちに、その姉の思いを知って、最後は何をどうしても、やっぱり姉弟なんだなという所へ帰着する。

 35分とは思えない程、濃い時間。

 1時間ちょっとの芝居を観たような濃度でだった。

 昭和の初期の話で、近代文学独特の表現や言葉遣い、言い回し、抑揚があり、それをその当時や雰囲気を彷彿とさせるように言うのは難しい。

 それであるにも関わらず、とても自然に違和感なく、昭和初期の雰囲気をアトリエ全体に漂わせ、当時の色彩や風景をも感じさせる声音や言葉遣い、言い回し、抑揚が『赦せない行為』の世界を空気の中に綴って行く。

 そこに居ない、親友のお嬢さんの佇まいと弟が想いを伝え、それを退けられる情景が目の前に見えた。

 3年ぶりに観た小此木富美子さんの舞台。

 小此木富美子さんは、3年前とある舞台で初めて観て、その時から胸に残る素敵な女優さんでしたが、3年ぶりにこの舞台で観た時、更に素敵な役者さんになられていた。

 終演後、お話しした時に、半年かけてこの舞台の稽古をした聞いた。半年間向き合ってきたものの集大成が結実した舞台だと感じた。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

0コメント

  • 1000 / 1000