幻想芸術集団 Les Miroirs:サロン公演『METAMORPHOSES~メタモルフォセス~』④

 『のちにアポロンの聖樹として栄光の証とされる薫り高い月桂樹が生まれたのは、わたしが、この上なく儚い哀しい恋の痛みを知ってしまってからのことなのだから...』という序章~世界の起源~のラストの言葉を引き継いで、目の前に現れたのは、その聖樹となるダプネの物語。

 大蛇を退治し、流石の太陽神アポロン(朝霞ルイさん)も慢心が出る。その慢心から愛の神クピド(絹彦さん)をからかうようなことを言ったがために怒ったクピドがアポロンには恋心を掻き立てる金の矢、当てずっぽうに放って当たった恋心を去らせる鉛の矢に当たったのはダプネ(武川美聡さん)。

 そのダプネに恋をしたのアポロン、鉛の矢のせいでアポロンを疎ましく思い逃げるダプネ。

 かけ違うように仕組まれた恋ゆえの切なさと悲しみ。

 逃げ切れないと思ったダプネは、父ペイネオスに願い月桂樹へと化身する。それを嘆き、化身してもなお、そばに置き寄り添いたいと願ったアポロンが、栄光の証の冠として、月桂樹を聖樹とした。

 アポロンの慢心はこれで砕かれたやも知れないが、その代償は余りにも切なく悲し過ぎる。アポロンがダプネに囁く恋の言葉は、普通の女性であれば、身も心も溶かすものであろうに。

 神世の昔から現代まで、お互いの思いの方向が合わない恋の生む悲劇と切なさは変わらないものだと思う。

 続く『イナコス=イオ』もまた、愛の話。同じ愛でもこちらは夫の浮気による嫉妬。

 全能の神ユピテルがいたいけな乙女イオの純潔を奪い、夫ユピテルの密通に気づき嫉妬した妻がユノーが、浮気現場を抑えようとするのを避け、ユノーからイナコスを守るため、白い雌牛に化身させたものの、その事さえ見抜いた妻はその雌牛を気に入ったから贈って欲しいとねだり、貰い受ける。

 イオの父イナコスは、水の精霊・ナイアスたちの姉妹であるイオが白い雌牛に化身させられ、ユノーのもとに置かれていることを知る。

 ユピテルはイオの置かれている状況に哀れを感じ、息子メリクリウスに命じ、見張りの百の眼を持つというアルゴスを倒し、ユピテルのもとへ連れ帰り、アルゴスを失い嘆き悲しむユノーは、夫の浮気など眼中になくなったと見るとユピテルはイオを元の姿に戻す許しを妻ユノーに求め、イオは元の姿を取り戻す。
 
 数奇な運命を辿ったイオは、後にエジプト人立ちに崇拝される女神に転身し、ユピテルとの間に授かった息子エパポスもイオと隣合う社を与えられるまでになるが、そのエパポスものちに大事を引き起こす。

 古事記も神々の恋や愛のすったもんだや、嫉妬や浮気もあるが、ギリシア・ローマの神々のそれはやはり、スケールも反応もやはり西欧的である。

 こうなるともう、神も人間もない。愛だの恋だのに於いては、神も人間もある意味平等であるし、げに恐ろしきは女の嫉妬、妻の執念であり、神といえども男という生き物はと言いたくなる、浮気心は変わらない。

 けれど、ギリシア・ローマ神話や伝説も古事記も、神の浮気や睦ごとは国や土地を生むという役割をも結果としては果たしているのが、何とも曰く言い難いものがある。
 その『イナコス=イオ』の世界を小林香奈子さんの朗読が、ありありと何も無い空間に紡ぎ出す。

 続くアラクネは、自分の機織りの腕に自惚れ、知恵の神ミネルヴァ(武川美聡さん)や神々に対する畏れも尊敬も失くした傲慢になった機織り女アラクネ(絹彦さん)は、あろうことかミネルヴァに機織りの勝負を挑むも、神々の非行を悪意を持って織り上げた織物をミネルヴァに引き裂かれ、ミネルヴァの怒りを買い、手にした梭(ひ)で額を打たれ、そのあまりの痛みに首を括ったアラクネは、ミネルヴァに、その神をも畏れぬ傲慢、慢心故に真っ黒な蜘蛛に化身させられ、糸を降り続けることになる。

 アラクネのような人間は、現代にもいる。神世の昔から、永遠に続くテーマでもある。
 慢心、傲慢は、浮気心と嫉妬は人間だけでなく、神をも滅ぼす。

 ダプネを月桂樹に化身させたのも、アポロンの慢心が招いた悲劇であり、アラクネの身に起きたこともまた、アラクネ自身の傲慢、慢心が引き起こしたことであり、浮気心を、起こしたユピテルと夫ユピテルの浮気に嫉妬した妻ユノーの犠牲になり、一時的とはいえただ巻き込まれただけのイオが白い雌牛に化身させられ、イオを救う為に、ユノーは、アルゴスを死なせる事になる。

 何にしても、嫉妬、傲慢、慢心、浮気心などというものは、何ものをも生み出さず、壊し滅ぼすだけ。

 いや、神話や伝説、文学や芸術のテーマになったという事では、生み出しもしているのか。

 ギリシア・ローマの神話や伝説もというと、取っ付きにくく感じるが、こうして芝居として紐解いてゆくと実に人間味もあり、人間臭くもあり、身近に感じると改めて思う。

文:麻美 雪

→⑤へ続く。

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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