ピープルシアターM2公演2018:『言葉と音のセッション』

 2018.2.11(日)、連日の寒さが和らいで暖かな夕暮れ、四谷三丁目の駅を降り、綜合藝術茶房 喫茶店茶会記へ芸術集団れんこんきすた主宰の中川朝子さんが出演するピープルシアターM2公演2018:『言葉と音のセッション』を観に足を運んだ。

 四谷三丁目から歩いて3分程の距離で途中までは、順調に会場へ向かっていたのが、『案内板が小さいのでうっかり見過ごすことがあるので注意』と事前に調べた時行き方のひとつに書いてあったので、もしや行き過ぎたかなと戻りかけ、通りがかりのおじさんが『何処に行かれたいのですか?』と聞いて下さったその時、中川朝子さんが、通りがかりお話しながら会場へと向かうという、映画かドラマのような偶然を体験するという楽しいおまけがありました。

 その時、『言葉とセッション』のお話を聞いたのですが、珍しく朝子さんが、『ただ朗読するのとは違うのでそこが難しくて』と言ってらした。

 この『言葉と音のセッション』、生演奏に合わせてただ朗読するだけでなく、朗読する作品に絡めた即興を入れつつ、作品を読むというもので、正しくセッション。

ジャズのセッションのように、その場でアドリブを入れつつも、作品世界を著しく逸脱しないアドリブを入れるという難しいもの。
 奏者も演者も技量がないと出来ないなと思いました。

 しかも、即興を入れつつのセッションなので、二人での稽古したり、合わせることも当日までないに等しく、1度さらりと打ち合わせをしたくらいのようで、いつになく緊張されている様子。

 「Twitterで麻美さんが早く出て、開場まで、どこかで執筆してると言っていたから、私も早めに行こうと思って」と言う朝子さん。
 それがあの偶然出会うという事に繋がったんですね。

 中川朝子さんの外部出演も朗読も珍しい。朗読を聴くのは、知り合って3年以上経つけれど初めて。
 
 会場となった喫茶茶会記は、入ってすぐがレトロな雰囲気のあるカウンターとテーブル席が2つの靴を脱いで入る小体な喫茶店、玄関に立ち目をあげると正面に見えるドアを開けるとそこが、朗読の会場になっていて、席数は30席あるかないか。

 この日は、2編の作品の朗読。
 会場の中に更に1つ、楽屋へのドアがあり、そこから、体にピタリと沿った黒ストレッチの効いたのパンツの上下に膝から下はオレンジがかった赤い猫の毛並みを思わせるモコモコのレッグウォーマー風の物を履いた中川朝子さんとビオラを演奏する山田直敬さんが登場して、始まった『ハー太郎遊侠伝・旅立ち』。

 母猫ミーコからハー太郎、母とハー太郎2人合わせてミーハーのハー太郎が、新宿西口公園のボスだった父猫が死に、新宿西口公園のボスになった粗野で嫌われ者の雄猫から奪われた父と母の思い出の聖地、新宿西口公園を奪回するべく、新宿ゴールデン街へと修業の度に出るまでを描いている。

 この作品は、シリーズ物で、今回朗読したのは、その旅立ち編。

 ハー太郎が生まれる少し前から、新宿ゴールデン街へ修業の旅に出るまでを描くこの作品は、笑いあり、母と息子の情愛あり、父と母ミーコの夫婦の愛情あり、ハー太郎の成長記ありのハラハラドキドキ、そしてちょっと可愛いいお話し。

 中でも圧巻だったのは、ハー太郎の父と後にボスになる粗野で嫌われ者の雄猫の喧嘩のシーン。猫の鳴き声だけで、双方の感情と対決の凄まじさを表したのが、以前に見たメス猫を巡る猫の喧嘩そのままだったこと。ハラハラドキドキ、手に汗握りながら、聞き入り見入ってしまった。

 父猫が勝利をおさめたものの、その時の怪我が元で死に、夫を失くしたミーコの哀切の極みの悲しみ、ハー太郎を育て上げた母の強さ、母は子を、子は母を思う情愛と温かさが犇々と伝わった来た。

 休憩中、楽屋のドア越しに、『うっ!』とか『痛たた!』ビオラ奏者の山田直敬さんの呻き声が聞こえ、その声が大きくなるにつれ、会場には笑いが漏れ、『なにが起こってるんだろう?』『ビオラ弾くのにストレッチはひつようないはずだけど』など、笑いながらのざわめきが静かに流れ、程なく2作目が始まるのかと思ったら、10分ほどの山田直敬さんのビオラに合わせて、中川朝子さんの即興のダンスが始まった。

 次に読む物語のイメージを織り込んだ踊りなのかなと思った。

 指先の表情が何とも切なく、静けさとそこには秘めた激しい悲しみのような、中川朝子さんのダンスに魅入る。

 しなやかで切なげなダンスが終わり、楽屋に入る時、ダンスのような足取りで歩く山田直敬さんを見て、あの休憩時間のストレッチはこれだったかと納得。

 2作目の『深き海のごとき』は、『中国の山奥、調査団の船に毎日やって来る小猿と仲良くなった調査団の隊員が小猿を船に乗せ連れ帰ろうとする。その小猿を遠くから心配そうに見ていた母猿が、小猿を追いかけ、人間を恐れた母猿が勇を鼓して船に飛び乗り、小猿を抱きしめた時、何日も飲まず食わずで追いかけてきた為に、腹が裂け、腸が飛び出して事切れたその様子から断腸の思い』の語源になった物語。

 船の上と岸を挟んで母猿と小猿の鳴き交わす声だけで、全てが伝わる中川朝子さんの朗読、最後の母猿の『キーッ』という、小猿を胸に抱きしめた安堵と小猿を残して命果ててゆく母の日悲しみが、全身を浸し、胸をギュッと掴んで、切なさに胸を刺される。

 正に、『断腸の思い』。

 中国の山奥の風景、岸をかけ小猿を追いかける母の思い、追いかけてくる母を見つめる小猿の瞳、その全ての情景と心象が、中川朝子さんの声が、表情が何も無い空間に描き出していた。

 山田直敬さんのビオラと中川朝子さんの朗読が、混ざり合い、反応し合い、物語を更に深くして行く。

 文字通り言葉と音のセッション。
 朗読に慣れていない言っていた通り、最初は緊張しているように見えたけれど、朗読を始めた途端に、そんな事は払拭され、どんどんと引き込まれて言った。

 朝子さんには、いつも、『良い事だけだけでなく、どんな感想でもはっきり言って下さい。それで、麻美さんを嫌いにならないし、関係が変わる事も壊れることもない。それは、私のためにもなる事だから。』と言われます。

 でも、困りました。無いんです、そう感じた所が。

 それは、中川朝子さんが好きな役者さんだからということではなくて、本当に、心から手放しで素敵で素晴らしかったと思い、それしか言葉が出てこないからです。

 いいものはいいんです。
 理屈や損得じゃない。

 2つの物語が、中川朝子さんの声とともに、今もまだ胸に深く残っています。
 胸に深くしみる素敵な夜でした。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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