アルラウネとは、絞首刑台の下、無実の囚人の嘆きが滴る土に咲く花。その毒花の根は世にも美しい娘の姿を育むと云われており、奇怪な魔力と毒性をもつ為、その採取はきわめて危険であるという。
アルラウネの花を引き抜く時、乙女の断末魔のような痛ましくもおぞましい悲鳴が上がり、その声を聞いたものは気が触れて死に至るとも言われる為、引き抜く際は、抜く者は叫び声を聞かぬように遠くに離れて耳を塞ぎ、縄につないだ犬に引き抜かせる方法が取られ、アルラウネの叫び声を聞いた犬は死んでしまうと言われている。
そうして手に入れたアルラウネは、赤ブドウ酒できれいに洗い、紅白模様の絹布で包み、箱に収め、毎週金曜日に取り出して風呂で洗い、新月の日には新しい布を着せなければならないという。
そのアウラウネの化身である女たちが、カスパルが営み、フローラが表向き館の女主人を勤める娼館アルラウネの館。
その身にアウラウネの毒を宿し、存在そのものが、アルラウネの毒である彼女たちは訪れる地位も名誉もある金もある男たちと交歓の度にその体を少しずつその身の毒で蝕み、死に至らしめる存在としてそこに居る。
カスパルとフローラが共犯であるように、カスパルとアルラウネたちもまた、共犯である。
武川美聡さんのオリヴィアは、おっとりとふんわりした、その身に毒を宿して、男たちを死へと誘うようには見えない。たぶん、その事に彼女は無自覚なような気がする。仕事として男たちを閨に誘うだけで、積極的な意思も思惑もなく、強いていえばカスパルの為というだけの気持ちで娼婦として仕事をしていだけ。この物語の中で、穏やかに愛らしく場の空気を包む存在として居た。
小川麻里奈さんのペトゥラは、我儘で、問題児のロゼマリーの轡を引いたり、おっとり天真爛漫なオリヴィアの面倒を見たり、去年の神剣れいさんフローラやカスパルまでを含めた、アルラウネの館の全てのお姉さんのような感じというより、自分より我儘で頼りない妹の面倒を見る2人にとってだけの姉という存在。
中村ナツコさんのロゼマリーは、若く可愛くある少女の一時期に放たれる、ロリータ・コンプレックスの男たちが引き寄せられるエロスを纏い振り撒いていた。若さは永遠ではないことを知らぬ故の少女の傲慢さから、エーヴェルスによって、毒の実験台として囚われ、その軽率さからアルラウネの館を窮地に陥れるに至って、自らの愚かさと失ったものの大きさ、人の怖さも知り、エーヴェルスに見つかり、連れ戻されそうになるのをフローラが身を挺して助けようとする姿を見て、最後には我儘だったロゼマリーが下働きでもいいと言うように変わって行くその姿に、人は変わるのだのいう思いを強くした。
麻生ウラさんのアルマは、去年以上に、カルパスとの恋人とも兄弟姉妹とも家族、友人とも違う、絆のようなもので他の誰よりも繋がっている存在のように感じた。
去年は、アルラウネたちのマネージャーのような、アルラウネの館の寮母のような、母親のような視点で、問題児のロゼマリー、非情になり切れず、アルラウネの館の女主人としての覚悟が揺らぐフローラが、この館と自分たちを危険に晒すのではないかと危惧したり、カスパルの心身の疲労と苦しみと痛みに思いを致す、カスパルが唯一信頼し、僅かにだが心を開き見せる存在である事を強く感じた。
アルマとカスパルの間には、アルラウネの館の誰よりも長い付き合いであり、共にいくつもの波を共に乗り越えて来た共犯者であり、同士である絆とその事による恋愛感情とも家族のそれとも違う、ある種の愛があるのではないかと感じた。
マリコさんのブリンケン伯爵夫人クロリスは、アルラウネの館に乗り込んだ時の硬質な頑なさが、カスパルと過ごすうちに柔らかく優しく、可愛らしいクロリスに変わって行く様子が素敵だった。
アルラウネの館が何者かによって焼かれた後、カスパルを館に住まわせ、共に過ごすうちにクロリスの中に眠っていたやさしく可愛らしい女としての芽が芽吹き、のびのびと枝葉を茂らせたような明るさを纏った女性へと変わって行く姿は、この物語の中で唯一ほっと和む。
そのクロリスのやさしい変化は、カスパルの心にも、僅かなりともクロリスに対する見せかけとは違う、優しい気持ちを持ったように感じた。
アルラウネたちもクロリスもまた、時の中で、時代の中で変わって行く。
人は変わる。
変われなかった、変わらなかった、エーヴェルス、ブリンケン伯爵、カール殿下を置き去りにして、アルラウネの女たちもクロリスも、アルラウネの館の中で、時代の中でも、関わる人達のなかで、強くしなやかに生き生きと変わって行く。
文:麻美 雪
→⑦へ続く。
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