罪なき罪を着せられ、絞首台の露と消えた父の亡骸を抱き慟哭するフローラ(乃々雅ゆうさん)の前に現れた黒衣を纏い絞首刑台の元に咲き、無実の囚人の嘆きが滴る土の下で、世にも美しい娘の姿を育む毒花アルラウネの花の精を仲間とする謎の男カスパル(朝霞ルイさん)。
カスパルにより、トレッフェン通り十番地の賑やかな歓楽街の片隅で、娼館“アルラウネの館”の女主人となったフローラは、その軆自体が毒である人の姿を纏ったアルラウネの花の化身、妖しい笑みを投げかける娼婦達を紫の飾り窓に綴じ、共犯者カスパルと共に、仮面の宴で都の夜と館に訪れる男たちを酔わす。
アルラウネの娼婦たちの接吻は死の接吻 、その蜜は天上の媚薬。彼女たちと愛の交歓は、その毒に徐々に侵され、やがて齎(もたら)されるのほ狂気若しくは死。
計略と愛憎が渦巻く館で、フローラの父を陥れた男たちは灯蛾を焦がすようなアルラウネ達の甘美な罠に溺れていく。
『アルラウネの滴り』は、烈しい毒と妖しさ、鬩(せめ)ぎ合う愛憎、一滴の孤独と紫の悲しみ、緋(あか)い憤りと息を詰めるような頽廃の馨が濃く薫る世界。
夜の蒼い闇のような色彩が更に色を濃くし、黒みがかった紫を纏った世界で蠢く、カスパルの計略と愛憎、父の無念の死により、医学を志した普通の娘だったフローラの胸に燃え立った憤りが火を点けやがて憎しみへと燃え上がった焔。
闇の中に響く、ルイさんの声と口跡の良さ、流麗で美しい言葉の連なりに、うっとりと自然にアルラウネの館へと導かれて行った。
朝霞ルイさんのカスパルは、一年前の身に巣食ったエーヴェルスへの蒼い炎のような憎しみは1年の時を経て、単なる憎しみや悲しみではなく、もっと硬質で何処かエーヴェルスを冷たく突き放した様な、もっと俯瞰した視点で観ていて、ある種の無関心、無感覚のような空気を放っていた。
去年のカスパルは、エーヴェルスが孤児の自分に示した父性が、アルラウネの花の毒に耐性を持ち、その毒に侵されることなくアルラウネの花を手折れる道具、自分が出世をする為の道具に育てる為の偽りの父性だったと思い知らされ、愛だと信じたものを根刮ぎ引き抜かれた痛みと絶望が、愛から憎悪へと転化させた、悲しみの果てに身籠った毒だったのではと感じたのとは違い、エーヴェルスに植え付けられた傷、消えないトラウマを超越した一段高い所に立ち、エーヴェルスに惑わされも揺るがされもせず、エーヴェルスを何処か冷めたような憐れむような、拒み無表情で一抹の蔑みがより強く根を張り沸々と軆の奥で燃える憤りと愛よりも憎しみに傾いた愛憎を感じた。
今年のカスパルは紫の悲しみと憤りと愛憎を纏っている感じがした。その黒みがかった濃い紫の中に、緋と黒が妖しく激しく宝石のような暗い煌めきを瞬かせていたように感る。
カスパルが乃々雅ゆうさんのフローラに見せた複雑で謎めいた態度と感情は、父を貶めた者への復讐を遂げようとする緋い焔を胸に滾らせながらも、幼馴染みのフランツに見せる純粋さや昔の素直さをまだ持ち続け、父を貶めた者への激しい憤りと憎しみと復讐心を滾らせつつも、フランツを前にして何処か躊躇いを感じ、非情になり切れないフローラに、自分と重なる何かを重ね見ての、男女のそれではない自分の一部と同じ種を持つ者としての一種の愛に似た感情があったのではないかと感じた。
今年のカスパルは、エーヴェルスに対して何処恐れ、ひと欠片の父に対する愛のような物を持ち、エーヴェルスを前にすると揺れていた少年の影を引き摺った仄かな弱さを持った去年のカスパルではなく、成熟し、迷いのない憤りと愛憎で、アルラウネたちの毒でエーヴェルスの命を絶つことに迷いを見せない成熟した大人のカスパルだと思った。
今年のカスパルの中に、弱さを纏った少年の影はない。何処か達観したような、見通したような、エーヴェルスのような人間に対しての冷めた諦観の上に立って、感情を挟まずにエーヴェルスに粛々と復讐するカスパルだった。
その反面、アルラウネ達やフローラに見せる同士、仲間としての愛情に似た感情、ほんのりとした温かみの眼差しを感じた。
より妖しく美しく強く冷たく、より複雑でほんのり温かみを持った朝霞ルイさんの素敵なカスパルだった。
文:麻美 雪
→③へと続く。
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