ゲイジュツ茶飯vol.1:『スターターピストル!!』~印象に残った方たち~

 『スターターピストル』で、特に印象残った方たちについて書かせて頂きます。

 浅沼真夏果さんのトレープレフの台詞を絵を書きながらしゃべり、尚且つ動く。トレープレフの台詞自体、チェーホフの戯曲の翻訳、しかも、どちらかと言えば今の翻訳というより、昔の翻訳よりの訳なので難しい言い回しの台詞を動きや表情も含めて滑らかに自然にしてらしたのが、凄くて強く印象に残りました。しかも、この舞台が初舞台だと言う。

 初舞台とは思えない自然さ。トレープレフと井料明里さん演じる、友達の下積みの女優の練習相手としての感情もきちんと表現されていた。ニーナを想うトレープレフと女優の友達としての感情は何処か重なり繋がっているような気がした。友情と言うだけではなくそこには仄かな友情以上の想いがあるのではと想像させる表情や声の表情を感じた。

 井料明里さんのニーナは、そこにニーナがいるかのような、鬼気迫る迫力があった。ニーナとニーナの台詞を練習する女優の姿と感情が重なり合いながら、ニーナから女優への切り替えが滑らかで、現代と過去の女優と芝居、舞台に魅入られ、他のことが目に入らなくなっているふたりの女性の微妙な違いをも感じた。

 武藤杏奈さんのボーイッシュな女子高生は、内に秘めた、自分の世界を見つけ前進して行く友達に置いていかれる不安を抱えつつ、表面は平気な風を装っているこの時期の少女が持つ不安定さとある種の葛藤を感じた。
 
 年代果林さんの男勝りの老女は、武藤杏奈さんの女子高生重なる部分もありつつ、思春期の不安と葛藤とは違う、様々な経験と体験を乗り越え、歳を重ねた先にある、遠くない未来にある死を見据えた上での、普段はおっとりしているのに、確固たる自分を持っている友達(木村麻美さん)に置いて行かれる不安を持ちながらも、相手の言葉に耳を傾け、そうかも知れないと受け入れ、程よい距離を持つ事が出来る年の功ならではの柔軟さと気持ちのゆとりを感じ、歯切れの良さと何処か飄々とした軽やかさが素敵だった。

 木村麻美さんの老女は、おっとり柔らかな佇まいと口調が心地好く、それでいて、自分の中にしっかりとした核を持ち、言うべき事しっかりと言う凛とした強さを持ちつつ、相手の言う事をふんわりと受け止め、受け入れるしなやかさと、何処か飄々とした茶目っ気を感じた。

 青井そめさんのノラは、従順で世間知らずの妻を小鳥や人形のように愛しているだけで、「1人の人間」として自分を見ていない夫の愛の本質に絶望し、3人の子供と夫を振り切って家を出る自立と自己に目覚めるノラの変化を繊細に激しく表現されていて、言葉の明瞭さと共に、ノラの凛とした柳のようなしなやかな強さを手に入れた佇まいが素敵だった。
 谷岡由扶子さんが、舞台にすっと立った時、その佇まいの凛々しさに、目を引き付けられ、一番強く印象に残った方です。

 スラリと長身でスタイルも良く、何より、ノラの夫の表現が素晴らしかった。

 妻の秘密が自分の経歴や自分の評判に傷をつけると知った時の男の身勝手さ、傲慢さ、妻への愛情より世間体を気にする男の狭量さと、秘密が露顕せず自分に害が及ばないと解った時の豹変ぶり、ノラが自分を振り切って家を出る時になって初めて、失うことの孤独と失うものの大きさ、大切さを悟り引き止めようとする時の憔悴ぶりが、とても真に迫っていて、自分がその場にいて蔭から覗き見ているような臨場感があった。

 8人全ての方たちが、素敵だったのは勿論なのですが、特に強く印象に残り、観終わった後も、あの時のあの人の心情はどうだったのか、こんな感情が渦巻いていたのではないかと考え続けたのが、此処に書かせて頂いた方たちでした。
 
 これにて、『スターターピストル!!近代古典~かもめ~人形の家~』の観劇ブログ、全て書きあげました。

文:麻美 雪


麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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