短編小説:『恋水』「恋水」 「ありがとう」と言った途端に、ひと粒ぽろりと涙が零れた。 あなたの痛ましそうな、すまなそうな眼差しが、困惑させ、少しだけ私を傷つける。 どんなに変わらないと思っていても、どんなに愛していても、時が移ろう事を、人の心が移ろう事を止められない。 彼は彼のやり方で、私にたくさんの幸せと、心をくれた。そして今、彼のやり方で、告げた別れを、私は受け止めるしか出来ない。それが、私が彼に最後にあげられる最大のギフトだから。 「涙じゃなく、恋水よ。」精一杯の微笑みで告げる。そう、涙じゃなく恋水。恋の為に流す涙。愛した証。後悔じゃなく、やさしくて、愛しかった恋の為に流すあたたかい涙。文:麻美 雪2018.01.10 12:15短編小説
短編小説:『プラネタリウム』 「会えないかな?」半年前何も言わずに、去って行ったあなたからの電話。 「何かあった?」 そう答えたのは、あなたの声が何かを堪えて、湿っているのを隠しきれずにいたから。口は悪くて、お腹の中は何もない、お祭り好きの下町男。 そんなあなたが、少し窶れて憔悴している訳は、お父さんの命の期限が切られたから。 ぽつぽつと、吐き出す苦しみを夜の深い時間まで聴き、抱きしめるしか術がなく眠りについた。 駅に向かう途中に入った、下町の小さなプラネタリウム。天井に映し出された夜空を見上げて、本当に恋が終わった事を知る。 初めて家族を亡くす事への孤独を抱えたあなたの隣で、もう会えない切なさが一筋頬を伝う。 いつもは、見送らないあなたの視線に、一度だけ振り...2017.11.21 07:23短編小説