短編小説:『恋水』

「恋水」
 
 「ありがとう」

と言った途端に、ひと粒ぽろりと涙が零れた。

 あなたの痛ましそうな、すまなそうな眼差しが、困惑させ、少しだけ私を傷つける。

 どんなに変わらないと思っていても、どんなに愛していても、時が移ろう事を、人の心が移ろう事を止められない。

 彼は彼のやり方で、私にたくさんの幸せと、心をくれた。そして今、彼のやり方で、告げた別れを、私は受け止めるしか出来ない。それが、私が彼に最後にあげられる最大のギフトだから。

 「涙じゃなく、恋水よ。」

精一杯の微笑みで告げる。そう、涙じゃなく恋水。恋の為に流す涙。愛した証。後悔じゃなく、やさしくて、愛しかった恋の為に流すあたたかい涙。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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