2019.8.10㈯ PM19:00 渋谷ギャラリー ル・デコ
お昼に新宿シアターモリエールで、REON NEO COMPANY 『迷宮の扉』を観た後、日盛りよりは幾分か暑さが和らぎ、風の吹く夕暮れの渋谷を飯田ナオリ朗読劇PLUS『風曜日シアター10』を観る為、ギャラリー ル・デコへと向かった。
去年の10月、初めて『風曜日シアター』を観たのもこのギャラリー ル・デコの5階。だった。今回は場所を4階に移しての『風曜日シアター10』。そして、初めての通常の表版の『風曜日シアター』。
前回、前々回は、裏風曜日シアター。裏風曜日シアターは、影の中に光を見出す物語。表版風曜日シアターは、光の中の影を見つめる物語。
中に入ると、ステンドグラスや森の中の教会に迷い込んだような、風曜日シアターの美しく幻想的な設(しつら)いが広がる。
紡がれたのはひとつの短い物語とひとつの長い物語。
短い物語は、あまんきみこの『バクのなみだ』を飯田南織の手によって、アレンジを施した『ユメクイのなみだ』。
少女の家の屋根裏に住むユメクイ(飯田南織さん)は、毎日悪夢を見てうなされる少女の夢を毎日食べ続けた。そのお陰で、少女も少女の両親も悪夢を見る事はなくなり、見るのは楽しくて幸せな夢ばかり。
けれど、本当は悪い夢も良い夢も、いろんな夢を食べなければユメクイは死んでしまう。悪い夢しか食べないユメクイは、日に日に弱って行き、その事を心配した少女の飼い猫みゅー(緒方夏生さん)は、心を痛め、心配し、良い夢も食べるように説得するが、少女一家の笑顔とその笑顔がユメクイの部屋に咲かせる美しい花を見るのが好きだからと、一家の良い夢を食べる事を拒み、やがて命尽きる。
少女も両親も、そんなユメクイの事を知らぬまま。飼い猫のみゅーだけが、ユメクイの死を悲しみ、悼む。
少女たち一家の幸せと笑顔だけを願う、飯田南織さんのユメクイの優しさと強さ、大好きなユメクイが、日毎に弱ってゆく姿を見守る事しか出来ないみゅーの悲しさと命尽きたユメクイを思う温かく優しく、切ない緒方夏生さんのみゅーの想いが、胸にしみじみと柔らかく沁みて涙が零れた。
休憩を挟み、『ウエノさんの思い出』の長い物語が始まった。
渋谷生まれ渋谷育ちの飯田南織さんが、いつか、渋谷を舞台に物語を紡ぎたいという思いが結実したのが、『ウエノさんの思い出』。
『忠犬ハチ公』を、史実に当たりながら、飯田南織さんの想いを乗せた物語は、裏風曜日シアターでもお馴染みの『とこしなえ郵便局』のお話。
神様から夏のイレギュラーの業務として、受け取り拒否や宛先不明で配達されなかった暑中見舞いの再配達を依頼された、クロト局長(飯田南織さん)と助手の伝書鳩のアマミヤ(新川悠帆さん)が、最後の一通をウエノハチ(後藤友希さん)の元に届けるが、ウエノさんは、受け取りを拒否する。
ハチ公が亡くなった橋の上で語られたのは、忠犬ハチ公の知られざる真実、ハチ公とハチ公の銅像の話なども織り込まれながら、銅像まで作られ、第二次世界大戦時の金属供出にも人々の反対で供出を免れ、手違いから終戦の前日初代銅像が溶かされるも、終戦から2年後に、人々の要望で今の2代目ハチ公像が建てられるほど愛されていたのに、自分には価値がない、自分はダメだと自信が持てないウエノさんは、飼い主の上野教授からの暑中見舞いの受け取りを拒否していた、今までのウエノさんの生涯と葛藤、最後に、上野教授から愛されていた事を知り、暑中見舞いを受け取り、自らもまた自身の物語を綴り、クロト局長に渡し、上野教授のいる天国の門を潜って行く物語。
人が人を想う気持ち、ウエノさん=ハチの自分は、教授に愛されていたのかという不安と、自分はダメな犬と悩み傷ついてきたハチの悲しみと切なさ、自分と似た不器用で自分に自信を持てない葛藤の狭間で、それでも、自分の役目を傷つき苦悶しながらも粛々と果たし続け、届ける相手の心に寄り添うクロト局長の姿に、温かく溶かされたウエノさんの心と、教授を思う純粋でひたむきな心が胸を打つ美しい物語だった。
最後は、止めどなく涙が溢れ、やはり、胸が詰まる。けれど、裏風曜日シアターのそれとは少し違い、軋み張り裂けそうな胸の痛さではなく、心に温かく包み、最後は微笑みが広がる切なさだった。
朗読でありながら、1本の舞台を観たように、目の前にはハチ公が過ごした当時の渋谷と年老いたウエノさんが佇む渋谷が、目の前にまざまざとあった。
後藤友希さんのハチが、ウエノさんが、どうしようもなく愛おしくて、抱きしめて背中をさすり続けたいほどに切なく、ほのかに微笑ましかった。
飯田南織さんのクロト局長は、裏風曜日も表版風曜日も痛々しいまでに切ないのだけれど、『ウエノさんの思い出』のクロト局長は、時折少年の顔が覗き、どこかほっとした。
新川悠帆さんのアマミヤは、ほっと場を和ませる愛らしさとクロト局長の辛さを思いやる眼差しが柔らかい。
光の中の影を見つめる物語。
観た優しくて少し切なく、美しい、儚い夢を観た夏の夜だった。
文:麻美 雪
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