Ortensia:第五回公演『ジラソーレ』

 2019.7.6㈯ PM14:00 東中野RAFT

 降りそうで降らないような曖昧な空模様の空の下、中野坂上の駅から10分程歩き、東中野RAFTにOrtensiaの『ジラソーレ』を観に行った。

 ベニバラ兎団の飯田南織さんと劇団月とスカレッタの小西優司さんのユニットOrtensiaの公演を観るのは、これで何回目だろう。小西優司さんが演劇集団アクト青山の主宰をされていた頃から観ていたOrtensia。小西優司さんが新しく劇団月とスカレッタを立ち上げてから初めてのOrtensiaの公演。

 場所も、千歳烏山のアクト青山のアトリエから飛び出して、東中野RAFTでの舞台。
 劇場に入り、最前列右手の席に着く。右手目の前には、手紙が散らばり、ティーカップの乗った小さな机、左手橋の対面にアンティーク風のランプの乗った小さな机。

 終盤に至って、頭に浮かんだのはマルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンの映画『ひまわり』。

 映画『ひまわり』は、戦争によって引き裂かれる夫婦の悲哀の物語。この映画を全編通して見た事はないが、中学生の頃、学校から返った土曜日の昼下がり、毎回1つのテーマを決めて、古今東西の名画の名場面を紹介する番組があり、そこで見たあまりにも有名なソフィア・ローレンがひまわり畑の中に佇む場面とソフィア・ローレン演じる妻の想像するに余りある染むような切なさを表現したあの名曲の咽ぶような旋律に戦争によって引き裂かれた夫婦の、妻の筆舌に尽くし難い切なさと悲しみと孤独が軆の中に押し寄せて来た。

 その映画『ひまわり』が、イタリアの小さな町を舞台にした、戦争によって引き裂かれようとしている親娘の物語に重なり、中学生のあの日、感じた夏の陽にチリチリと焼かれるような、氷のように冷たい水が胸の傷に沁みるような切なさと深い悲しみとどうかその先に一縷の望みの光があらん事をと祈らずには居られない思いが全身を包んだ。

 誰かを待って苛立つマヌエラ(飯田南織さん)が、待っていたのが父ジャンマルコ(小西優司さん)であり、その父は、科学者として戦争に関わった事に苦しみ、記憶を失くした父が、定期的に訪れて来るのを待っている苛立ちであり、その苛立ちは、父を守る為父が記憶を取り戻さないように祈る娘の想い故の苛立ち。

 娘の祈りも虚しく、記憶を取り戻した父は、科学者として戦争に関わった事の自らの罪を償い、二度と戦争を起こさない為にも、自分の罪と向き合い、自分の罪を自ら裁く為に、裁きの場に向かおうとし、娘は、泣き叫び止めようとする。

 娘は、二度と父と会えないと思い、父は、万に一つ裁きの果てに生きることを許され、娘の元に戻る一粒の希望の光を見ていたのかも知れない。もし、許されず二度と娘に会えないとしても、自らの中にある罪を明らかにし裁き、裁かれた挙句、命を失おうとも自らの罪に向き合い受け入れる事により、娘に恥じる事ない、自らに恥じる事のない父であり科学者であり、人である誇りを失わずに居られることを選んだのではなかったろうか。

 その父の心の、思いの深い所を察した娘は、心引き裂かれる痛みと辛さと悲しみを抱えながらも、父を見送ろうとしたのではないだろうか。

 あの、『ひまわり』のソフィア・ローレンのように…。

 反戦を、戦争を声高に叫んだものでは無く、戦争を主軸にしたと言うのとも何となく違うように思うが、それでいてやはり、戦争によって引き裂かれようとしているイタリアが、親娘が目の前にいて、心の片隅、頭の端っこで私たち世代が学び、聞き知り、思った戦争について考えずには居られない。

 悲しいまでに青く清んだイタリアの空と太陽の輝きの中に、一滴滲む鈍色の哀しみとその中に一粒の希望の色を探してしまいたくなる舞台だった。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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