冷たい風が吹き、銀杏の落葉が歩道に金色の絨毯を敷き詰めた先週の土曜日、有楽町のオルタナティブシアターに、オルタナティブシアター杮落とし公演『ALATA~アラタ~』を再び観に行って来ました。
10月に友人に『面白い舞台があるのだけど、ご一緒しない?』と誘われたのがきっかけで観に行った『ALATA~アラタ~』。
これがもう、今まで観た事がないほど、血湧き肉踊り、面白くて、感動して、観終わっても1ヶ月ほど興奮覚めやらぬ舞台で、観劇後、友人と夕食を認めながら、気づけば3時間舞台のことを『凄いもの観たね』『もう1度みたいよね』『こんな良い舞台観ないの勿体ないよね』『一人でも多くの人に知って貰って、観てもらいたいね』と語り合うほど素晴らしい舞台。
その時の事は、以前書いたのでそちらを見て頂ければと思います。
その友人から、11月までだったのが12月23日まで、延長することになったと聞き、更に前回観た時とアラタ役が違う役者さんで、12月の限定期間、この公演が始まった頃、アラタ役だった早乙女友貴さんがアラタをされると聞き、チケットを取って行って来た。
友人は、今回は行けないのでひとりでふらりと行く事に。
しかも、観に行った日は、早乙女友貴さんのアラタ、更に、席は前から4列目の左、舞台袖より。
劇場に入ると、懐かしい、『ALATA~アラタ~』の色に染まった舞台。
舞台が始まる前の注意事項もノンバーバル。言葉を発せず、動きだけで伝えるのも変わらない。
前説の忍者は、違う方で、始まる前の数分を楽しいマジックを交えつつ、沸かせていた。
暗転して始まった舞台。
胸が高鳴る。
舞台に転ぶ(まろぶ)ように現れたのは、早乙女友貴さんのアラタ。
その表情は鬼気迫るもので、背筋がゾクッとする凄みがあった。
一転し、現代の日本、こころが居る東京のとある場所に、吹き飛ばされて現れたアラタ。
こころと行動を共にするうちに、顔つきや表情が鬼気迫るものから、仄かに穏やかに変わってゆくのが判る。
穏やかと言っても、心に安らぎを得てのそれではなく、どこかに、決意と憂いを宿しているのような雰囲気が最後まで残っていた。
その穏やかさは、登場の鬼を思わせる形相から、人間の顔に戻った、人として立ち戻ったという意味の穏やかさだ。
早乙女友貴さんの殺陣と動き、所作の美しさに圧倒された。
時代物を含めて、かなり舞台は観ているけれど、殺陣の動きと殺陣の所作がこれ程までに美しいと思った人は数少ない。というか、今まで一人ぐらいしか観た事がない。
殺陣の方にも色々あるとは思うが、早乙女友貴さんの殺陣は、水や風が流れるような流麗な美しさがある。流線型のたおやかでいながら力強く、それでいて繊細な美しさがある。
そして、とてもリアル。
刀の重さをちゃんと感じる殺陣と動き、所作である事に驚く。
持ったことはないが、本身の刀はとても重く、そうそう軽くばったばったと振り回せるものではいと聞く。
鎧もまた重く、安手のドラマや映画でよく見る立ち回りのようにはいかないという。
であるからこそ、手練の剣術使いや武士は、鎧を着け、重い刀でも敵をバッタバッタと切って捨てられるだけの体力と身体を作っているはず。
その刀の重さを感じさせつつ、流れるような軽やかさの中にちゃんと重さのある殺陣と所作の美しさが際立ち目を奪われた。
扇をさりげなくクルクルと回す所があるのだが、その扇捌きと扱いの踊るような色気のある美しさはため息がこぼれる程だった。
『ALATA~アラタ~』は、言葉をほぼ発さない、動きと芝居、表情で紡ぎ、観せる舞台。
今回、こころはMOMOCAさんが演じたのだが、前回のElinaさんさんとはまた、違うこころになっていた。
MOMOCAさんのこころは、より弱さや強さ、繊細さやアラタに対する、仄かな思いを纏い感じさせていたように思う。
ラストの早乙女友貴さんのアラタとMOMOCAさんのこころに仄かに萌したものは、『恋』となづけてしまうには陳腐だけれど、自分よりも大切と思い、相手の健やかな幸せを思う心を感じた。
ひとつの舞台を、もう1度観に行く事は、あまりない。
けれど、この舞台は、もう1度観て、もう1度観られて本当に良かったと思った素晴らしい舞台だった。
文:麻美 雪
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