あやめ十八番:『三英花 煙夕空』~序章・↑あらすじ~

 秋の日は釣瓶落とし、とっぷり暮れた鶯谷の駅に降り立ち、寛永橋を旧平櫛田中邸へとあやめ十八番『三英花 煙夕空』を観る為に急いだ。

 夜の中、ぼんやりと浮かぶ旧平櫛田中邸の灯り、靴を脱ぎ、玄関の三和土を上り、奥へと進むと、小さな床張りのアトリエがあり、そこが『三英花 煙夕空』が紡がれる場所だった。

 夜の闇に塗り込められたアトリエに、舞台はなく、コの字型に1列30席程の客席が設(しつ)え役者は観客が取り囲む真ん中で芝居をする。

 一段高い舞台の上での芝居ではなく、感覚としては観客との距離零の芝居である。舞台のない舞台。舞台装置も美術も無い、この空間こそが物語を紡ぐ舞台であり、舞台装置、舞台美術その物なのである。それ故に、始まると難なく『三英花 煙夕空』の中に迷い込んで行ける。

 天井から吊り下げられた橙色の電燈が、夜の闇に塗り込められたアトリエをぼんやりと照らす以外、照明と言って他に無い。
 橙色の電燈の灯りが引き絞られ、暗闇に閉ざされた中、読経が響き、喪服に身を包んだ4人の男女が現れ、ぼうっと点された橙色の電燈の灯りに滲むように浮かび上がる。

 男に女の声が、女に男の声が、無声映画の弁士か、人形浄瑠璃のように入れ替わり立ち替わり当てられ、文楽を観ているような、様々なものが錯綜し頭の中をグラグラと反響している様な不思議な錯覚に囚われ、禍々しい世界の扉が開き、『三英花 煙夕空』の世界へと引き込まれて行く。

 【あらすじ】

 骨董商・尼子鬼平は眼が見えぬ故に、惑うことが無い。贋作家たちの緻密な細工も、精巧な色遣いも見ようとはせずに、 
“真贋は釉薬の下に潜んでいる。”
と言い、尼子は若くして既に、骨董の真理に迫っていた。

 或る夜、尼子の師・織部雨左衛門が自室で殺害される事件が起こる。容疑をかけられたのは、雨左衛門の妻・やゑ。やゑは、犯行を認めているが、尼子は、やゑを見ようともせず、一人、釉薬の下に隠された真贋を見極めようとしている。
 事件が起こった時、織部の部屋に人は居なかったというのに、黄昏時、尼子は事件の目撃者たちを集め話を聞くと言う。証言台に上ったのは、織部の部屋に飾られていた日本刀、壺、幽霊絵だった.....。

 年古りた(としふりた)物には魂が宿ると言う。物ならば、“付喪神”やら“あやかし”、狐や猫なら、“九尾の狐”、“化け猫”やらと言われるもの。

 『三英花 煙夕空』は、誰もいない部屋で起きた殺人事件を、物言わぬ存在の骨董たちの目線と証言により、尼子鬼平が織部殺害事件の事件の真相を解き明かして行くのだが、その結末にたどり着いた時、背筋を忍びやかに這う、人の怖さと業にゾクリとさせられる。

 感じた怖さ、業とは何かは、『三英花 煙夕空』に散りばめられていると感じた事を絡めながら次回へと続ける。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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