あの頃、太陽は眩しくて、空は青くて、夏はきらきらしているものだと思っていた。
夏に翳りが差す事なんて、一生無いとおもっていた。
今年もまた、青い空と白い雲と、焼け付くような太陽と、日に向いて咲き乱れる向日葵畑にあなたと来ると思っていた。
またひとつ、あなたとの夏を、あなたとの思い出を重ねるのだと疑うこと無く信じていた。
あの日、太陽は燃え尽き、空は落ち、雲は吹き飛ばされ、向日葵は俯き、私の世界は一瞬にして、色も音も手触りも喪った。
青天の霹靂。
今年も、あの向日葵畑に行こうとしていた朝。私を迎えに来る途中、居眠り運転の車に追突されて、彼の命は花びらのようにアスファルトの上に散って行った。
リノリウムの床に、やけに大きく白々しく響く、自分の靴音を聞きながら、彼の血の通わなくなった顔を見る。
驚いた一瞬の表情のまま固まった彼の顔は、何故?と問いかけているような、自分が今死ぬなんて思いもしなかった顔をしていた。
青天の霹靂。
彼の左手を見た。
薄青いベルベットの筺を握りしめていた。
「守るようにしっかりと握っていました」
居合わせた警察官が、彼の手から筺をそっと取り、渡してくれた筺を震える手で開け、感情も表情も固まっまま動かなくなっていた、瞳から止めどなく涙が出る溢れた。
『永久に共に』
と刻まれた1粒の涙のような石を小さな向日葵の花びらが囲む指輪が、ひっそりと少し気恥しそうに、収まっていた。
助手席は、向日葵の花びらが海のように散っていたという。
向日葵の褥に投げ出されて、横たわっていた彼の姿が瞼の裏に浮かぶ。
あれから、毎日のように此処へ来る。
この向日葵畑に来る度に、私は夏の眩暈に襲われる。
青天の霹靂。
空が私の上に堕ちて、向日葵の海に潜り、向日葵の褥で、あなたの事を思う。
私の指には、あの日の指輪が今もある。
もう、歩き出さなければいけないと解っている。
あなたの事も、この向日葵畑も、左手の指輪も忘れない。
でも、もう悲しまない。
あなたを喪ったあの日、私の中にあなたの命を宿していることに気づいた。
私はあなたを産み落とす。
もうすぐ、会える。
あなたが遺してくれた命に。
生まれ変わったあなたを、素敵な人にする為に、もう、悲しんでは居られない。
あなたが生まれてくる日、部屋いっぱいの向日葵を飾ろう。
あなたが私を判るように.....。
photo/文:麻美 雪
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