朧気に霞む夜の桜。
一片二片散り敷く薄紅色は、終(つい)えてゆく命の儚さ。
「忘れないで私の事を」
微かになってゆく貴女の声。
「どうか、笑顔で思い出して。笑顔で思い出せないのなら、その時は私の事を忘れて下さい」
貴女の瞳がひたむきに僕を見つめて言う。
悲しみに暮れる僕を見るのは辛いから、笑顔で思い出せないなら忘れて欲しいと言う貴女の優しさと強さ。
白く透き通りゆく手に陽の光のような檸檬を取って、小さく噛んだ檸檬の香気に、最後の命の明るさが貴女を包む。
「どうか、笑顔で思い出して。」
細くなってゆく貴女の声。
「愛してる」
ひとつ大きく檸檬の馨の息をして、優しい瞳を閉じて儚くなった貴女。
夜の桜が悼むように、音もなくはらりはらりと舞い散る幻のような薄紅色の夜の底に、僕は独り添い寝する。
photo/文:麻美 雪
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