Mono-Musica:『音楽劇 名探偵アンドリュー氏と黄昏の家』

2020.3.21㈯ PM14:00 新中野ワニズホール

 前日までの肌寒さが嘘のように、固く蕾んだ桜が微笑むように花開き、冬のコートもジャケットも要らない、麗らかに晴れてほんのり汗ばむ程に暖かな土曜日の昼下がり、新中野の空の下、Mono-Musica『音楽劇 名探偵アンドリュー氏と黄昏の家』を観るために、ワニズホールへと足を運んだ。

 美形でちょっぴり傍迷惑な自称、完全無欠の天才探偵アンドリュー(杏さん)、しっかり者の助手(ヤヤさん)、依頼人の伯爵令嬢・遠城寺十和子(チャングさん)とその夫遠城寺匠(MIKUさん)、十和子の持つ画家カヴァネラの描いた『黄昏』を狙う、冒険小説に登場する『美しき女怪盗ビューティー仮面』。

 江戸川乱歩の『明智小五郎』シリーズと少女小説に、少女漫画とアニメと宝塚の乙女心を鷲掴みする要素をギュッと凝縮して詰め込んで、切なさの薄衣をふわりと纏いかけたような舞台が、面白くないはずはない。

 軽快にして軽妙で可笑しみのあるアンドリュー氏と助手のやり取りから、すっと物語の中に溶け込んでゆく。

 豪華客船での旅の途中、海難事故で両親を亡くし両親が自分のために買い集めた、美術品、装飾品やドレスを失ったショックから、その時の記憶を失くし、過去と現実を行き来しながらその狭間の黄昏の時間の中で生きている十和子と日々薄れてゆく十和子の記憶と黄昏の時間の中で生きる十和子を丸ごと受け止め、いつか、十和子の記憶から自分の存在さえ消えていくであろう事を覚悟しながら、ただ、十和子の事のみを思い共に黄昏の時間を生きる匠。

 のらりくらりと躱しながら、十和子から依頼された事件の真相をするりと解き、真相を解き明かした故に敢えて事件を解決し、真実を詳らかにしようとしないアンドリュー。

 終始笑いながらも、十和子と匠を思う時、暮れゆく秋の黄昏のような、心に沁む泣きたいようなそっと微笑んで見送りたいような一条の切なさが胸に射す。

 人は、直近の記憶から忘れると言う。記憶が抜け落ち、あやふやになり、忘れてゆく時に最後まで残るのは、幼い日の記憶や遠い昔の何気ない思い出と愛しい人、大切な人の記憶だと言う。

 私事であるが、認知症になった父の記憶から最初に抜け落ちなのは、娘である私の記憶。一緒に住んでいても、日に日に私が誰であるか、娘であるということがあやふやになって、記憶から抜け落ちて行き、最後まで残ったのは、恐らく幼い日の何気ない日々の記憶と母の記憶だったろう。

 『人は誰も、黄昏の中に生きているのかも知れない』と言う、匠の言葉は仄かな切なさを持って、深く胸に響いた。

 笑いと切なさと音楽が混ざり合い、軽妙でありながら儚いやるせなさが薫る舞台だった。

文:麻美 雪

麻美 雪♥言ノ葉の庭

昼は派遣社員として仕事をしながら、麻美 雪としてフリーのライター、作家をしています。麻美 雪の詩、photo short story、本や音楽、舞台など好きなものについて、言葉や作品を綴っております。

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