2020.2.8㈯PM14:30 劇団現代古典主義アトリエ
前日よりは幾分か暖かいとはいえ、寒の戻りの寒さが続く土曜日の昼下がり、代田橋の空の下、劇団現代古典主義アトリエに、劇団現代古典主義THE 4th floor series vol.7 逆再生『THE BROTHERS KARAMAZOV』を観に足を運んだ。
アトリエに入り、席に着くと正面に、人二人立てる程の小さな演台が3つ少しずつ離して置かれているだけで他には何も無い舞台がある。
其処で繰り広げられるのは、ドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を原作にし、複数の場面に分割し同時間枠での別地点の物語を同時に進行し、台詞が様々な場所から次々に発しられ、時に同時に響き合う劇団現代古典主義独自の同時進響(しんこう)劇に仕立て、尚且つ物語を逆再生して70分にギュッと凝縮、濃縮して観せる『THE BROTHERS KARAMAZOV』の物語。
名作と言われながらも、人間関係も複雑な大長編で、難解とも言われている『カラマーゾフの兄弟』、読もうと思うもなかなか手が出ず、観るにも体力気力を激しく消耗しそうで、腰が重くなり観るに及ばなかったこの物語を、観ようと思ったのは、劇団現代古典主義のTHE 4th floor seriesだったから。
シェークスピアなどの古典を同時進響劇で70分に凝縮して観せるTHE 4th floor seriesを何度か観ていて、劇団現代古典主義ならば、この難解で長く、読むも観るも二の足を踏ませるので有名な物語をわかり易く且つ面白く観られると確信したからである。
原作はまだ読んでいないので、舞台を観て頭の中で整理したざっくりしたあらすじを紹介すると、物凄く性格が悪く女好きで金に執着する父ヒョードル・カラマーゾフが殺害され、三千ルーブルが盗まれ、父殺害の嫌疑をかけられた息子の刑事裁判について腹違いの三人の兄弟の立場で向き合い、家族とは、兄弟とは何かを問う物語。
原作を読まなくても、父ヒョードル・カラマーゾフがどうしようもなく人間としても男としても父としても嫌な輩、人間のクズ、息子に殺害され、息子たちのみならず関わった人間全てを不幸にし、憎まれる人間だというのは知っていた。
柏木公宰さんのヒョードル・カラマーゾフは正にそれを見事なまでに体現し、何処を切っても同情も憐れみも微塵も感じる事が出来ないほどの完膚無きまでの悪人、毒父のヒョードルで凄みがあった。
その父に翻弄される三兄弟、長男ドミトリー(樽谷佳典さん)次男イワン(大西輝卓さん)三男アレクセイ(諏訪貴大さん)は、この父の子でなかったら、きっと静かで幸せな穏やかな人生を送れたのではないだろうか。父によって、人生を奪われたと言っても過言ではないだろう。
使用人だった母にヒョードルが手をつけて生まれたスメルジャコフ(秋山謙太さん)もまた、父ヒョードル・カラマーゾフによって人生と性格を歪められた被害者と言える。
イワンを尊敬し、父ヒョードルを憎悪し、ヒョードルとスメルジャコフが先妻の息子ドミトリーに憎しみを抱き、陥れようと画策したのは、ドミトリーが先妻との子であり、イワンが後妻とヒョードルの子であり、後妻の母の苦しみを見て育ち父に憎しみを抱くイワンと自分を重ねたからではなかったか。
ドミトリー(樽谷佳典さん)もまた、父に恋人グルシェンカを金にものを言わせ奪おうとし、母への仕打ち、自分への仕打ちに憎悪を募らせて行った葛藤と苦しみをスメルジャコフが思い至る事が出来れば、あのような結末にならなかったやも知れぬ、父ヒョードルとカラマーゾフ家に運命と人生を狂わせず済んだのではなかったか。
先妻の息子ドミトリー、後妻の息子イワンとアレクセイ。別々に育った三人が、初めて会った時にあったのは、父への嫌悪と憎しみだけでなく、自分には兄弟がいるという心の拠り所のような喜びと心強さと、ドミトリーは弟二人に対する愛情、イワンとアレクセイは愛への思慕愛情が、その瞬間には確かにあったのではないだろうか。
弟アレクセイを大切に思い、母の違う兄ドミトリーに会った時、確かに兄を慕い思う気持ちはイワン(大西輝卓さん)にあった。スメルジャコフの尊敬するイワンの為にと計り吹き込んだ嘘を信じてしまったが故に、皮肉にも兄ドミトリーを窮地へと落とし、真実を知った時のイワンの悔恨と取り戻した兄への思い。あの判決を迎えて、やっと最後にカラマーゾフの三人兄弟の心は家族となったのではなかったか。それは、あまりにも遅く、痛ましい。
スメルジャコフの憎しみと計略が、ドミトリーとイワンの間に微かな亀裂と綻びを生み、思いのボタンを掛け違ってしまったのではなかったか、二人の間に立ち戸惑い、誤解を解き、綻びた兄弟の絆を結び直そうとしながらも、父ヒョードルへの嫌悪を感じる自分に戦き、惑い葛藤するアレクセイ(諏訪貴大さん)。
金の為に自分と婚約し、その借金三千ルーブルを返す為に父から盗もうとしたドミトリーに絶望し愛が憎しみに変わったカテリーナ(土肥亜由美さん)もまた、悲しい存在に思えてならない。ドミトリーの心がグルシェンカになかったら、お金目的でのみ繋がり、自分を愛していないドミトリーへの絶望が憎しみに変わり、ドミトリーを奈落へ落とす一押ししをしてしまったカテリーナもまた、ドミトリー血の中に潜むヒョードルの犠牲者ともいえないだろうか。
時系列を逆再生にして描くことで、カラマーゾフの兄弟たちの結末へと向かっていく心の過程とそれぞれの思い、なぜあの結末へと行き着くのかが解る。
『カラマーゾフの兄弟』を、同時進行でギュッと70分に凝縮し、尚且つ逆再生にして描きながらわかり易く、それでいて筋にも一切の破綻がなく観せるのが凄い。
逆再生だからこそ、カラマーゾフの兄弟を通して、家族とは、兄弟とは何か?血とは何かが浮き彫りにされたように思う。
観終わったあと、『凄いものを観た!』という高揚感と興奮が全身を浸した素晴らしい舞台だった。
文:麻美 雪
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