2019.11.16㈯ PM15:00 寛永寺輪王殿第二会場
麗らかな昼下がりの上野、東京都美術館で『コートルード美術館展』、国立西洋美術館で『ハプスブルク展』を観てから、寛永寺輪王殿第二会場へと蜂寅企画番外公演『蜂寅朗読 其の弐』を観に足を運んだ。
二年前に突然舞台から去った藤井としもりさんが、出演されるこの公演を観る事を心待ちにしていた。
朗読は三本立てで、いずれも江戸の空気を感じるお話。
酔って千鳥足で歩いていた相撲取りの太刀風(安田徳さん)が、うっかり川に落ちたところを助けた河童の相撲取り三吉(藤井としもりさん)は、太刀風を助けた時に手首を傷めながらも渾身の力を振り絞り、相撲大会で優勝した所で目が覚める。
夢かと思った刹那、懐に胡瓜があるのを見つけた太刀風は、胡瓜を齧りながら空を見上げ、別名を『金星』と言われる明けの明星を見つけ、相撲を辞めようかと悩んでいた太刀風は、河童も人間も『金星』を掴むために今日も稽古を重ねてゆくのだと気持ちを新たにする『かっぱの金星』では、最後でそう来たかと膝を打ちつつ、自分もまたそう思い、そうやっては日々を重ね生きて来た事を思い、誰もがまたそうやって生きている事に愛しさを覚えた。
お店の跡取り娘お久(tamico.さん)との祝言を翌日に控えた番頭の幸次郎(藤井としもりさん)の虚ろな顔を見て取り理由を聞くお久に、二親を早くに亡くし、自分を育ててくれた兄が、祝言も決まっていた相手がいたのに、酒に酔って諍いとなり友人を殺め人足寄場送りになった兄の許嫁が、半年後別の人と祝言を挙げたのを知り、兄とは此処までと絶縁し、行方を知らない兄へ届かぬ手紙を綴っていた事を告げる幸次郎に、いつか、幸次郎の兄に会いたいというお久の言葉に涙し、心救われる思いのする雪の夜を描いた『雪の便り』は、どんな時も笑っていられる奴はツキが強くて幸せになれると教えた兄の言葉を信じて生きて来た幸次郎が、兄が人を殺めたことで、周りの人々の態度が変わり、何処かで自分は幸せになって良いのかという不安と逡巡、兄を捨てたという自責の念と兄への思慕が綯い交ぜになった幸次郎の心情、そんな幸次郎の心にそっと寄り添うお久の温かさ、幸次郎の切なさが雪に溶け、しみじみとした中に雪の温もりを感じた。
頼まれたら嫌と言えないお人好しの友吉(三尾周平さん)、嫌な事を全て押し付けられる事に嫌気が差しているのに、嫌な事を断る事が出来なくて損をしている自分の気弱な性格をどうにかしたいと思っていた矢先に、『悪役指南』をするという毘嵐(藤井としもりさん)に出会い『悪役指南』を受け、嫌な事を断り、言いたい放題言えるようになったが、近所の評判は悪くなったそんなある日、女房が産気づいたが尋常ではない状態に右往左往するのを、以前良くしてもらったからと近所の人達が助けてくれたのを機に、元の何でも人の頼みをきいて断れないお人好しに戻る『悪役指南』は、兎に角可笑しい。
嫌な事を嫌と言えずにいた時代の長かった我が身と重ねて、友吉の気持ちが昨日の事のようにヒシヒシと伝わってきて、お人好しに戻った後も、嫌な事を引き受けてもらったのに、困っている時に何の手助けもしなかった同じお見せに勤める同僚の頼みだけはきっぱり断る友吉に胸が空き、藤井としもりさんの毘嵐(びらん)が、禿げかつらとサンタクロースの様な髭を着物の懐から出して着けたのが何とも可笑しくて噴き出し、締めに気持ち良く笑って終わる3作の朗読は、聴いているだけで、河童の相撲、切なくも温かい雪の夜、からりと晴れた江戸の空が瞼の裏や脳裏に広がったあっという間の1時間だった。
文:麻美 雪
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