72年前の8月9日。
沢山の大切な命が散った、あの日もこんなに暑かったのだろうか。
72年前の今日、長崎に原爆が投下された日。
老人も若者も子供も大人も、男の人も女の人も、いや、まだこの世に生まれくる前の母の胎内に宿った命を一瞬にしてうばったあの夏の日。
子供の頃から、目を背けたくなる程の酷い現実だけれど、夏になり、広島、長崎の原爆投下、終戦の日が近づく度に、テレビで放送される原爆の事実や戦争の記録を母は、私たちに見せるようにしていたし、何故戦争がいけないのか、戦争を二度と起こさない為にも、きちんと描かれた映画や小説やドラマ、ドキュメントも、年齢に合わせて段階を踏んででも見て、読んで、聞いて触れた方がいいという考えだったから、子供の頃からその酷さを想像すると自分の身を焼かれるように熱く、苦しく感じる度に、劫火に焼かれ、原爆で喉の乾きとその皮膚の熱さと苦しみはどれほどだったかと思うと涙も痛みも止まらなかった。
中学の先生達は、自らの戦争体験や当時の日本や戦時下での状況や暮し、終戦を迎えて、これが正しいと教えられて来た事が全て間違いであると告げられた時の衝撃と不信、自らの力で何が本当なのか、あの戦争は何だったのかを調べるにつれ、自分の身を削っても話して伝えていかなければとの覚悟から社会や国語の授業、ホームルームの時間を使って話してくれたり、生徒同士で議論をさせたりしてくれた。
そのお陰で、生まれる前に起こった戦争を、自分には関係の無いこと、昔の事として思わずに居られる自分が居る。
8月6日の広島の原爆投下の日も、今日の長崎の原爆投下の日にも、テレビをつければ、広島、長崎の原爆投下と戦争についてきっちりとしたレポートや語り合う番組の少なかった事に暗澹としたものを感じた。
テレビで流すのは、失言をした大臣の事や芸能人の不倫、『このハゲー』と叫んだパワハラ議員の話題にばかり時間を割いている。
少なくても、私の子供の頃は、ワイドショーですら、きちんと戦争の特集を組み、連載のようにして放送していた記憶がある。
毎日のように、悲惨な事件や天災が起こる現代ではあるけれど、心の片隅には、いつも、罪もなく、望まないにも関わらず戦争に巻き込まれ、原爆投下や空襲によって奪われ、人の命を奪いたくないのに、大切な人、愛する家族を守る為、お国の為と言われ、赤紙一枚で逃れられない宿命の手に捕えられ、戦場に送られ命を散らした多くの人の尊い命の犠牲の上に今の平和と幸せがある事を刻んでおきたい。
自分の命も大切な人、愛する人の命も、もう二度と原爆や戦争で奪われない為に、広島と長崎に投下された原爆の事、原爆によって奪われた生命の事、戦争によって奪い、奪われた生命の事、戦争とは何か、なぜ戦争をしてはいけないのか、二度と戦争を起こさない為にどうしたらいいのか、命について、戦争について、せめて、広島、長崎の原爆投下の日と終戦の日には、考えて欲しいと思う。
憲法9条の改正が声高に言われ始めている今だからこそ、世界で唯一、しかも三日のうちに広島と長崎に原爆を投下された日本だからこそ、原爆と戦争の酷さと悲惨さを伝え、原爆や戦争に反対を唱え続ける事が必要であり、原爆や戦争について、考えなければいけないと思うのだ。
72年前の今日、長崎に原爆が投下されたあの夏の日に散った命はなんだったのかと。
photo/文:麻美 雪
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